名古屋高等裁判所 昭和39年(う)284号 判決 1969年10月29日
主文
原判決中、被告人四名に対する各有罪部分を破棄する。
本件公訴事実中、被告人四名に対する郵便法違反教唆(ただし、原判決認定郵便法違反幇助)および建造物侵入の各点につき、被告人四名は、いずれも無罪。
検察官の本件各控訴を棄却する。
理由
本件各控訴の趣意は、検察官の被告人四名に対する各控訴につき、名古屋地方検察庁検察官検事上田朋臣作成名義の控訴趣意書に、また被告人四名の各控訴につき、弁護人白井俊介作成名義の控訴趣意書ならびに弁護人東城守一、同大矢和徳、同山本博、同伊藤公、同花田啓一共同作成名義(以下これを東城弁護人らと略称する)の控訴趣意書(その一)、同(その二)および控訴趣意補充書にそれぞれ記載されているとおりであるから、ここにこれらを引用する。
白井弁護人の控訴趣意第一点および東城弁護人らの控訴趣意書(その一)記載の控訴趣意第一点の第一の論旨について。
右各所論は、要するに、公共企業体等労働関係法(以下これを公労法と略称する)第一七条は、憲法第二八条に違反し、無効であることが明らかであるにかかわらず、右の公労法第一七条が憲法に違反しない旨説示して、前同法条を適用した原判決には、この点に関し、法令適用の誤りがある、というのである。
しかしながら、公共企業体等の職員の争議行為を禁止した公労法第一七条が憲法第二八条等に違反しないことは、すでに最高裁判所の累次にわたる判決(最高裁判所昭和二八年四月八日大法廷判決、刑集七巻四号七七五頁、前同裁判所昭和三〇年六月二二日大法廷判決、刑集九巻八号一、一八九頁、および前同裁判所昭和四一年一〇月二六日大法廷判決、刑集二〇巻八号九〇一頁等参照)により、説示されているところであつて、当裁判所も、最高裁判所の右見解を維持するから、これに添わない右各所論は到底採用できない。論旨は理由がない。
白井弁護人の控訴趣意第二点ならびに東城弁護人らの控訴趣意書(その一)記載の控訴趣意第一点の第二、同第二点、同第三点の各論旨、同弁護人らの控訴趣意書(その二)記載の控訴趣意第三、同第四の各論旨および同弁護人らの控訴趣意補充書記載の控訴趣意について。
右各控訴趣意の論旨は、多岐にわたつているが、その中心的な論旨は、要するに、原判決が、被告人らにおいて幇助したとする松崎善治ら九名の行なつた職場離脱による郵便物不取扱いの各所為は、いずれも公共企業体の職員の行なつた正当な争議行為であつて、罪にならないものであり、これを幇助した被告人らの所為もまたなんら罪にならないのにかかわらず、原判決が、公共企業体等の職員のなす争議行為については、労働組合法(以下これを労組法と略称する)第一条第二項の適用がない旨判示して、本件につき、右の法条ならびに刑法第三五条を適用しないで、原判示第一および同第二の各事実を認定して、被告人四名を、それぞれ郵便法違反幇助および建造物侵入の各罪に問擬したのは、法令の解釈適用を誤り、また事実を誤認したものであつて、最高裁判所の判例にも牴触するものである、というに帰着する。
よつて、案ずるに、なるほど当該公訴事実に関する本件訴訟記録および当審における事実取調べの結果に徴すると、原判示第一記載の松崎善治ら九名のなした職場離脱による郵便物不取扱いの各所為が、公共企業体の職員の行なう争議行為であつたこと、原判決が、公共企業体等の職員のなす争議行為については、労組法第一条第二項の適用がない旨判示し、本件につき、右法条ならびに刑法第三五条を適用しないで、原判示第一および同第二の一、二の各事実を認定して、被告人四名を、それぞれ郵便法違反幇助および建造物侵入の各罪に問擬していること、および原判決言渡後に、最高裁判所において、所論摘録のような判決のあつたことは、いずれも所論のとおりである。そして、所論の最高裁判所判決(前掲、最高裁判所昭和四一年一〇月二六日大法廷判決)によると、公共企業体等の職員の行なう争議行為については、それが労組法第一条第一項の目的を達成するものであつて、該争議行為がいわゆる(一)政治目的のために行なわれたような場合とか、(二)暴力を伴う場合とか、あるいは(三)社会の通念に照らして、不当に長期に及ぶときのように国民生活に重大な障害をもたらす場合のような不当性を伴わないかぎり、右の争議行為についても、労組法第一条第二項の適用があり、刑事制裁の対象とはならないと解するのが相当であるというのであり、当裁判所も、最高裁判所の右見解を維持するものである。そこでまず、原判示第一の松崎善治ら九名の行なつた職場離脱による郵便物不取扱いの各所為(以下これを本件争議行為と略称する)が、さきの最高裁判所大法廷判決において示された前記(一)、(二)、(三)の各場合に該当するか否かについて検討したうえ、原判示第一の郵便法違反幇助罪の成否および同第二の一、二の建造物侵入の各事実についての被告人四名の刑事責任の有無について、順次考察することとする。
(イ) 本件争議行為が、さきの最高裁判所大法廷判決において示された前記(一)、(二)、(三)の各場合に該当するか否か、および原判示第一の郵便法違反幇助罪の成否について。
本件訴訟記録および原裁判所において取り調べた各証拠ならびに当審における事実取調べの結果に徴すれば、本件争議行為は、昭和三三年三月二〇日当時名古屋中央郵便局集配課の外務員をしていた原判示第一記載の松崎善治ら九名が、同年一月ごろ以降行なわれていたいわゆる春季闘争の一環として、全逓信労働組合(以下これを全逓と略称する)中央闘争本部の指令に基づいて、前同人らの加入していた全逓名古屋中央郵便局支部(以下これを中郵支部と略称する)の開催した勤務時間内職場大会に参加するため、自己の職場を放棄して右職場大会に参加し、速達便については、同日午前七時三〇分から同日午前九時三〇分まで、著名者配達普通通常便については、同日午前八時から同日午前九時三〇分まで、それぞれ、その担当の別紙(本判決書末尾編綴)記載の第一号郵便物の配達をしなかつたというのであり、前記春季闘争の目標の中には、スト権奪還とか、特定郵便局制度の撤廃などという政治的な要求事項にわたるものも若干含まれていたが、その中心的な目標は、一律二、四〇〇円の賃金引き上げという経済的要求にあつたことが明らかであり、本件争議行為が労組法第一条第一項の目的達成のためのものであつて、政治的な目的のために行なわれたものでないことは、検察官もこれを認めているところである(検察官提出の昭和四四年七月九日付弁論要旨四枚目裏参照)。したがつて、本件争議行為がさきの最高裁判所大法廷判決において示された(一)の政治目的のために行なわれた場合にあたらないことは明らかである。そこで次に、右大法廷判決において示された(二)の暴力を伴う場合にあたるか否かについて考えてみるに、前掲の記録ならびに証拠を検討してみても、前記松崎善治ら九名が本件争議行為をなすにつき暴力を行使した形跡は毫もなく、また被告人らにおいて、右松崎善治らの本件争議行為を容易にするにつき、暴力を行使したという形跡もまた見当らない。もつとも、検察官は、(一)押収にかかる証第五八号の中郵支部長記録帳、証第六一号の木下ノートおよび証第六二号の宇野ノートによれば、本件争議行為は、その計画段階において、暴力的行動を企図していたことが明らかであり、また(二)被告人らは、本件争議行為に先きだつて、昭和三三年三月一五日ごろ開催された戦術会議や中郵支部闘争委員会等において、オルグ活動の強化を決議し、その後被告人ら組合幹部において、同年同月一九日ごろまで連日にわたつて名古屋中央郵便局の局舎管理者である同郵便局長の禁止を無視し、また現場管理者である各課の課長らの制止にも従わず、従業員の休憩室、職場などに立ち入り、組合員らに対し、繰り返し職場大会参加を呼びかけており、その行為自体すでに違法性を帯びたものであるが、特に同年三月一九日夜前記郵便局内の作業棟四階の小包郵便課作業室に立ち入り、オルグ活動中の全逓愛知地区委員中島信敬のごときは、前同郵便局の小包郵便課長八木健一から退去を求められて、それに応じなかつたばかりでなく、同所において、右八木健一を突き倒して、同人の上に馬乗りとなり、その頭部、顔面等を手拳で殴打するなどして、同人に対し暴行を加え、また(三)被告人らは、本件争議行為の行なわれた同年三月二〇日には、多数の部外者を加えて、前記郵便局の正面玄関前はもちろん同北通用門前その他の出入口附近に厚い人垣を作つてピケを張り、就労するため出勤して来た大部分の局員の入局を阻止したばかりでなく、局側の管理者らの制止を無視して、集団的に局舎内に侵入し、局舎内にいた勤務者を集団の力で無理矢理局舎外に連れ出して職場大会に出席させるなどしており、右の(一)、(二)、(三)によれば、本件争議行為が全体として暴力的色彩を帯びていたことは極めて明らかである、というのである。なるほど、押収にかかる証第五八号の中郵支部長記録帳、同第六一号の木下ノートおよび同第六二号の宇野ノート中には、それぞれ所論摘録のような各記載のあることは所論指摘のとおりであり、その記載内容の一部に多少穏当を欠くと認められる点がないわけではないが、所論摘録の記載から、直ちに、被告人らが本件争議行為の計画段階において暴力的行動を企図していたものであると断ずるのは速断に過ぎ、にわかに賛同し難い。次に、本件訴訟記録ならびに原裁判所および当裁判所で取り調べた各証拠によると、なるほど昭和三三年三月一五日ごろ開催されたいわゆる戦術会議ならびに中郵支部闘争委員会などにおいて、オルグ活動の強化が協議され、被告人ら組合幹部が、本件争議行為の行なわれた前日の同年三月一九日ごろまで連日局側の管理者らの制止にもかかわらず、局舎内の従業員の休憩室や職場に立ち入り、組合員に対し、繰り返し職場大会参加を呼びかけていたこと、同年同月一九日午後九時ごろ名古屋中央郵便局作業棟四階の小包郵便課から同郵便局事務棟五階の名古屋鉄道郵便局に通ずる通路附近において、名古屋中央郵便局小包郵便課長八木健一が、そのころオルグ活動に来ていた全逓愛知地区委員中島信敬から、検察官所論のような暴行を受けたことがそれぞれ認められることは検察官所論指摘のとおりである。しかしながら、被告人ら組合幹部が、本件争議行為の行なわれた日の前日まで連日検察官所論のごときオルグ活動を行なつたからといつて、直ちに、同オルグ活動が違法、不当なものであつたと断ずるわけにはいかず、また検察官所論の全逓愛知地区委員中島信敬のなした暴行も本件争議行為の行なわれた前日の事件であり、該暴行が本件争議行為と直接関係があつたものであるとは認められない。そして、本件において争議行為としての正当性が問題とされる行為は、さきに認定した全逓中央闘争本部の指令に基づいて、中郵支部が昭和三三年三月二〇日行なつた勤務時間内職場大会闘争を行なつた際の当該争議行為、換言すれば、前記松崎善治ら九名の職場離脱による郵便物不取扱い行為であつて、全逓中央闘争本部の指令に基づく全体としての争議行為に含まれる他の部分的、補助的な争議行為(すなわち、他の職場、他の時点における争議行為)のごときは、これを別個に判断すべきであり、全体としての争議行為に含まれる他の部分的、補助的な争議行為のうちに、違法、不当なものがあつたからといつて、それが故に、直ちに、本件争議行為が違法、不当な争議行為であつたというわけにいかない。次にまた、本件訴訟記録ならびに原裁判所および当裁判所で取り調べた各証拠によると、本件争議行為の行なわれた日の昭和三三年三月二〇日午前五時ごろから同日午前一〇時ごろまでの間、被告人らの全逓労組員のみでなく、多数の支援団体の労組員などをも交えて、名古屋中央郵便局の正面玄関を初め、北通用門、地下道などの出入口附近に、それぞれ相当多人数で強力なピケを張り、全逓に所属する従業員の入局を阻止し、またその間、被告人らを初め、他の労組員たちが局側の管理者の制止を聞かないで、同局舎内に立ち入り、同局舎内に残留していた他の労組員たちを局舎外に連れ出し、同人らを前同局舎前附近からタクシーなどに乗車させて、前同日名古屋市鶴舞公園の愛知労働会館で開催された勤務時間内職場大会に参加させたことが認められることもまた検察官所論のとおりである。しかしながら、憲法第二八条が、労働者に団結権を保障した趣旨にかんがみ、労働者が団結して労働組合を結成した以上、労働組合の組合員に対する組織統制力は一般の市民法上の団体のそれより若干強力なものであることは当然であつて、殊に争議時において、組合の決定および指令に従わないで就労し、または就労しようとする組合員に対して、ピケを張り、就労を阻止し、または建造物内の平穏を害しない程度で建造物内に立ち入り、右の組合員らを説得誘導する行為のごときは、特段の事情のないかぎり(本件ではかかる事情は認められない)、その目的および態様において、なお社会的に相当なものとして、これが是認されるべきである。いまこれを本件について考えてみるに、前認定のピケは、前記全逓中央闘争本部の指令に従わないで就労し、または就労しようとする組合員に対し、その就労を阻止する目的でなされたものであり、また局舎内立ち入りも、局舎内に残留して就業しようとする組合員を説得誘導して、前記職場大会に参加させる目的でなされたものであることが明らかであり、その各態様は前認定のとおりであつて、その間、暴力が行使されたと認めるべき証左はない(なお原判決が無罪を言い渡した被告人宇野、同杉田の公務執行妨害の点については、後に検察官の控訴趣意第二の論旨に対する判断の項において、詳細に説明するとおりである)。したがつて、被告人らが本件争議当日全逓労組員のみでなく、多数の支援団体の労組員の応援を得て、名古屋中央郵便局の正面玄関を初め、北通用門、地下道などの各出入口附近に相当強力なピケを張り、全逓労組に所属する従業員の入局を阻止し、また局舎内に多人数で立ち入り、同局舎内に残留していた他の労組員を説得誘導して、局舎外に連れ出し、同人らを前記職場大会に参加させたからといつて、ただそれだけで、本件争議行為が暴力を伴つた違法な争議行為であるというわけにはいかない。したがつて、本件争議行為が、前記最高裁判所大法廷判決において示された(二)の暴力を伴う場合にもあたらないこともまた明らかである。そこで更に進んで、右の大法廷判決において示された前記(三)の社会の通念に照らして不当に長期に及ぶときのように、国民生活に重大な障害をもたらす場合にあたるか否かについて考察するに、本件訴訟記録ならびに原裁判所および当裁判所において取り調べた各証拠によると、前記松崎善治ら九名が本件争議行為により郵便物の取扱いをしなかつた時間は、速達便については、同人らが本件争議行為を行なつた昭和三三年三月二〇日午前七時三〇分から同日午前九時三〇分までの約二時間、著名者配達普通通常便については、同日午前八時から同日午前九時三〇分までの約一時間三〇分であり、またその間に取扱いをしなかつた郵便物は、前掲別紙記載のとおりであつて、該各郵便物の配達遅延は、せいぜい一時間三〇分ないし五時間程度に過ぎなかつたと認められるから、本件争議行為が、さきの最高裁判所大法廷判決において示された前記(三)の社会の通念に照らして、不当に長期に及ぶときのように国民生活に重大な障害をもたらした場合にも該当しないことが明らかである。もつとも、検察官は、本件争議行為は、全逓中央闘争本部の同一の指令によつて、全国的に実施された争議行為の一環であつて、その争議行為による郵便物の停滞は、全国五六局で一四〇万通の多数にのぼつており、これが国民生活にもたらした障害は極めて重大かつ深刻なものがあつたから、本件争議行為は、この点においても正当性の限界を越えた違法、不法なものである旨縷々主張するので、案ずるに、なるほど、本件訴訟記録および前記証拠に徴すれば、本件争議行為が全逓中央闘争本部の指令によつて、全国的に実施された争議行為の一環として行なわれたものであること、その争議行為による郵便物の停滞が、全国五六局で一四〇万通の多数にのぼつたことがそれぞれ認められるのであるが、本件で争議行為としての正当性が問題とされるべき行為は、さきに説明したとおり、松崎善治ら九名の職場離脱による郵便物不取扱い行為に限らるべきものであるから、松崎善治ら九名のなんら関与していない他の争議行為によつて生じた郵便物の停滞をも含めて、本件争議行為の正当性を云為することは相当でない。それ故、検察官の右主張は採用できない。
そして、本件争議行為が、形式上、郵便法第七九条第一項前段違反の罪の構成要件に該当することは明らかであるが、以上検討したとおり、該争議行為は、さきの最高裁判所大法廷判決において示された三つの例外的場合のいずれにも該当しないことが明白であるから、本件争議行為による郵便法第七九条第一項前段違反の罪は、結局公労法第三条、労組法第一条第二項本文、刑法第三五条の趣旨により、罪とならないものというべきである。したがつて、本件争議行為を幇助したという被告人らの原判示第一の各所為もまた罪とならないといわなければならない。それ故、原判決が被告人四名に対し、原判示第一の事実を認定して、同被告人らをいずれも郵便法第七九条第一項前段違反の幇助罪に問擬したのは、結局事実を誤認し、ひいて法令の解釈適用を誤つたものといわなければならない。
(ロ) 原判示第二の一、二の建造物侵入の各事実についての被告人四名の刑事責任の有無について。
当該公訴事実に関する本件訴訟記録および原裁判所において取り調べた各証拠ならびに当審における事実取調べの結果に徴すると、被告人四名が、それぞれ原判示第二の一、二記載の各日時ごろ、同各記載のとおり、同各記載の名古屋中央郵便局舎内に立ち入つたことが認められる。そして、弁護人らは、被告人らの右の局舎立入行為は、正当な労働運動であつて、罪にならない旨主張し、検察官は、被告人らの右局舎立入行為は、公労法上、違法な争議行為を目的としたものであるばかりでなく、その各態様においても、名古屋中央郵便局の直接の管理責任者である同郵便局長の明示する意思と、同局長の命により、各出入口に配置されていた多くの監視員の立入拒否を全く無視して、集団の実力により敢行したものであつて、違法、不当なものである旨縷々主張するので、以下被告人らの前記各局舎立入行為が建造物侵入罪を構成するか否かについて検討することとする。そこでまず、被告人らの原判示第二の一、二の各局舎立入の目的について考えてみるに、右の本件訴訟記録ならびに原裁判所および当裁判所において取り調べた各証拠に徴すると、原判示第二の一の場合は、被告人らにおいて、当時同原判示の名古屋中央郵便局地下第一食堂で待機していた前記松崎善治らの労組員を、同郵便局舎外に連れ出して、前記職場大会に参加させるべく、同人らを説得、誘導するために、同郵便局舎内に立ち入つたものであり、また、原判示第二の二の場合は、宿直勤務者で未だ前記職場大会に参加しないで、職場などに残留していた者を、前同様説得し誘導するために、前同郵便局舎内に立ち入つたものであつたことがそれぞれ認められる。そして、前記松崎善治らの職場離脱による郵便物不取扱い行為が前叙のとおり、罪とならず、また被告人宇野および杉田に対する公訴事実第二の公務執行妨害の点も後述するとおり罪とならないことなどを考慮すると、被告人らの原判示第二の一、二の各局舎立入の目的が、それぞれ違法、不当なものであつたというわけにはいかない。次にまた、右各局舎立入の態様について考えてみるに、右の本件訴訟記録および前掲各証拠によると、なるほど前同原判示の日時ごろ、局側において、被告人らを初め、他の支援団体の労組員などの入局を阻止するため、前記郵便局の各出入口附近に、それぞれ従業員以外の者の立入禁止の掲示をし、またそのころ同所附近に、局側の監視員を配置して、従業員以外の入局者に対し、その都度、口頭で、「入らないでください」などと申し向け、一応入局阻止の態度をとつていたが、それ以上の強い態度は示さず、また当時前同郵便局の正面玄関出入口の扉のごときも、その開閉が自由にされており、被告人らばかりでなく、他にも集団で、右の正面玄関を初め、北通用門などの各出入口を自由に通行していたこと、したがつて、被告人らはもちろん、被告人らと共に局舎内に立ち入つた他の労組員たちも、その局舎立入に際し、前記局側の監視員の制止を無視していたというにとどまり、同人らに対し、暴行、脅迫などの違法、不当な行動に及んだ形跡は全くないことが認められる。果して、そうだとすると、被告人らの原判示第二の一、二の各局舎立入行為は、その各態様においてもまた、これが違法、不当なものであつたというわけにいかない。これを要するに、被告人四名の原判示第二の一、二の各所為は、その目的および態様において、なお社会的に相当なものとして是認せられるべきものと認められるから、局側の管理者において、特別の事情のないかぎり(本件においては、かかる特別の事情は認められない)、未だ建造物侵入の罪を構成しないと解するのが相当である。したがつて、検察官の所論は結局採用に由なく、弁護人らの論旨は理由があることに帰着する。それ故、原判決が被告人四名に対し、原判示第二の一、二の各事実を認定し、被告人四名をそれぞれ建造物侵入罪に問擬したのは、これまた事実を誤認し、ひいて法令の解釈適用を誤つたものといわなければならない。
そして、以上の各誤りが、判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、弁護人らの本各論旨は、いずれも理由がある。
検察官の控訴趣意第一の事実誤認の論旨について。
所論は、要するに、原判決が、被告人四名に対する各郵便法違反教唆の公訴事実に対し、被告人四名の当該各所為を、いずれも郵便法違反の幇助と認定したのは、事実を誤認したものである、というのである。
なるほど、本件訴訟記録によると、原判決が被告人四名に対する各郵便法違反教唆の公訴事実に対し、被告人四名の当該各所為を、いずれも郵便法違反の幇助と認定していることは所論のとおりである。しかしながら、所論の公訴事実において、被告人らから教唆を受けて、これに応じたとされる松崎善治ら九名の郵便法違反の各所為がいずれも罪にならないことについては、さきに「白井弁護人の控訴趣意第二点ならびに東城弁護人らの控訴趣意書(その一)記載の控訴趣意第一点の第二、同第二点、同第三点の各論旨、同弁護人らの控訴趣意書(その二)記載の控訴趣意第三、同第四の各論旨および同弁護人らの控訴趣意補充書記載の控訴趣意について」の判断の部分の「(イ)本件争議行為が、さきの最高裁判所大法廷判決において示された前記(一)、(二)、(三)の各場合に該当するか否かおよび原判示第一の郵便法違反幇助罪の成否について」と題する項において詳説したとおりであつて、右の松崎善治ら九名の郵便法違反罪の成立を前提とした検察官の本論旨は、その前提を欠き、到底採用できない。論旨は理由がない。
検察官の控訴趣意第二の事実誤認の論旨について。
所論は、要するに、原判決が、被告人宇野および同杉田の両名に対する各公務執行妨害の公訴事実について、犯罪の証明が十分でないとして、無罪の言渡をしたのは、証拠の取捨判断を誤り、ひいて事実を誤認したものである、というのである。
そこで案ずるに、右公訴事実に関する本件訴訟記録ならびに原裁判所において取り調べた各証拠および当審における事実取調べの結果、特に、原審第二九回、同第三〇回各公判調書中の証人湯浅順次郎の各供述記載(記録第四冊二、〇八八丁以下および同二、一一七丁以下)、原審第三〇回、同第三一回各公判調書中の証人寺尾秀夫の各供述記載(記録第四冊二、一六七丁以下および同第五冊二、二五〇丁以下)、原審第四四回公判調書中の証人守屋進、同山本喜久雄の各供述記載(記録第六冊三、三六一丁以下および同三、三八七丁以下)、原審第四六回公判調書中の被告人菊池の供述記載(記録第七冊三、五二八丁以下)、原審第四七回公判調書中の被告人井田、同杉田、同宇野の各供述記載(記録第七冊三、五八八丁以下、同三、六四二丁以下、および同三、七〇九丁以下)、渡辺重幸、山本喜久雄の検察官に対する各供述調書(記録第五冊二、八九〇丁以下、および同二、九〇二丁以下)、押収にかかる証第二八号の一ないし五の各写真五枚、証第五八号の中郵支部長記録帳、同第六一号の木下ノート、同第六二号の宇野ノート、ならびに当審第五回、同第六回各公判における証人寺尾秀夫の供述(記録第八冊四、三七一丁以下、同四、四六二丁以下)および当審第一〇回公判における被告人宇野、同杉田、同井田の各供述(記録第九冊四、九七三丁以下、同五、〇二六丁以下、および同五、〇五五丁以下)(ただし、以上の各証拠のうち、後記認定に反する部分は、爾余の各証拠に照らし、いずれもたやすく措信できないのでこれを除く)を総合すると、
(一) 検察官所論の公訴事実記載の寺尾秀夫は、昭和三三年三月二〇日当時名古屋中央郵便局小包郵便課の主事をしていたものであるが、同人は全逓中郵支部が結成されて以来の組合員であつて、昭和二九年ごろには、同中郵支部の支部長をしていたこともあり、本件争議行為発生当時は、同支部の職場委員の地位にあつたこと、
(二) 被告人宇野は、右の寺尾秀夫が全逓中郵支部長をしていたころ、全逓愛知地区本部委員長をしており、全逓の全国大会などに出席した際には、右の寺尾秀夫と同宿したこともあり、また日常の組合活動を通じても頻繁に接触していたこと、
(三) 被告人井田は、寺尾秀夫と郵便現業幹部訓練第一回の同期生であつて、同人と約半年間研修を共にした関係上、互に親しい間柄であつたこと、
(四) ところで、右の寺尾秀夫は、昭和三三年三月一八日ごろ開催された全逓中郵支部拡大闘争委員会に職場委員として出席し、その際、被告人らの組合幹部から、予め、本件の職場大会参加については、局側の管理者などに対する手前、組合側の動員者によつて、組合員が連れ出されたという格好をとつて、職場大会に参加してもらうという趣旨の説明を受け、またそのころ、被告人宇野個人からも、直接「組合で責任をもつから職場大会に参加してもらいたい」旨の強い要請を受けていたこと、
(五) しかし、寺尾秀夫は、そのころ前叙のとおり名古屋中央郵便局小包郵便課の主事の職制にあり、本件の職場大会に参加すれば、当時局側の管理者らが主張していたように、郵便法第七九条違反により処罰される虞れがあることなどを考え、進んで職場大会に参加することを躊躇していたこと、
(六) そして、右の寺尾秀夫は、昭和三三年三月一九日の夜は宿直で、前記名古屋中央郵便局内にいたが、翌二〇日午前七時四〇分ごろ、同人の上司である同郵便局の小包郵便課副課長加藤重吉から、同時刻ごろ定期便で到着する予定の小包郵便については、当日に限り、郵袋を開袋しなくてもよい旨の指示を受けていたため、右寺尾秀夫の仕事としては、郵便日誌の記帳とか、日勤の主事に対する事務の引継ぎなどの業務を除いて殆ど終了していたこと、
(七) そこで、右寺尾秀夫は、そのころ、前記郵便局作業棟二階の小包郵便課作業室の同課副課長湯浅順次郎の机の傍附近において、同人に対し「今日は調子よう仕事が終つた」旨報告していたこと、
(八) 一方被告人宇野、同杉田、同井田らは、そのころ、山本喜久雄、渡辺重幸らの組合側の動員者ら約二〇数名と共に、未だ職場大会に参加していない組合員を説得誘導するために、前記郵便局内に立ち入り、最初同郵便局作業棟三階の普通郵便課に赴き、その後同作業棟二階の小包郵便課作業室に赴いたところ、寺尾秀夫が未だ職場大会に参加しないで、前記のとおり湯浅副課長と話し合つているのを発見し、早速同人らの傍に寄つて行き、前記組合側の動員者らと共に、右の寺尾秀夫らを取り囲んだところ、湯浅副課長が右の被告人らに対し、「勤務中だから部屋に入つてもらつては困る。出て行つてくれ」などと申し向け、これに対し、被告人宇野が、「出る必要はない」とか、「仕事は終つているではないか」など申し向け、互に押し問答をしていたが、その間、寺尾秀夫は、前記組合側の動員者らに取り囲まれたまま、前記湯浅副課長の机から約三、四メートル西北に移動し、同地点で、同人を取り囲んでいた他の組合員らから、口々に「組合の役員までしながらなんだ」とか、「早く出て行こうではないか」などと申し向けられるに至り、そうこうするうち、前記湯浅副課長と押問答をしていた被告人宇野が突然「早く連れて行け」と声をかけたため、寺尾秀夫の側にいた前記山本喜久雄、渡辺重幸の両名が、それぞれ寺尾秀夫の両側からその腕を組み、同人に職場大会への参加方を強く促したこと、
(九) そこで、それまで職場大会に参加すべきか否かについて、多少迷つていた寺尾秀夫は、右の山本喜久雄、渡辺重幸の両名から、両腕を組まれ、職場大会への参加方を強く促され、一瞬腰を落して中腰の姿勢になり、反抗するかの如き態度を示したが、すぐ思い直して、同人らの右態度を黙認し、自らも職場大会に参加することとし、右の山本喜久雄、渡辺重幸らのなすがままに、同人らと共に歩いて、前記小包郵便課作業室内から室外に出て行き、同作業室前の階段附近に至り、右の山本らは、それまでしていた腕組を解いたが、寺尾秀夫はそのまま前同人らにつきそわれて、これに従つて、任意に前同郵便局一階北通用門附近から同郵便局舎外に出て、前記職場大会に参加したこと、
(一〇) 前記山本喜久雄、渡辺重幸の両名が寺尾秀夫と腕を組んでいた時間はごく短時間で、距離にして、僅か約二〇メートル位にすぎなかつたこと、
(一一) 被告人宇野、同杉田の両名は、寺尾秀夫が前記のように職場大会に参加したまでの間、同人に対し、有形力を行使した形跡が全くないこと
を、それぞれ認めることができる。以上認定の事実関係に徴すると、寺尾秀夫は、前記小包郵便課作業室において、山本喜久雄、渡辺重幸の両名から、それぞれ両腕を組まれ、職場大会参加方を強く促され、その直後、自らも職場大会参加を決意するに至つたものであるから、同人は、同人が右小包郵便課作業室を出る前に、既に自ら公務執行の意思を放棄していたものと認められる。そして刑法第九五条にいう暴行とは、公務員の身体に対し、直接たると間接たるとを問わず、不法な攻撃を加えることをいうと解すべきところ(最高裁判所昭和三七年一月二三日判決、刑集一六巻一一頁参照)、前記山本喜久雄、渡辺重幸の両名の前認定の有形力の行使は、寺尾秀夫に対し、前記職場大会参加方を強く促すためにとられた一つの手段であつて、これによつて、当時前記職場大会参加を躊躇していた寺尾秀夫に対し、右職場大会参加への意思を助長したにとどまり、同人に対し、不法な攻撃を加えたものというに足りないから、山本喜久雄、渡辺重幸の両名の前認定の有形力の行使は、未だ公務執行妨害罪の構成要件の一つである暴行にあたらないものといわなければならない。果してそうだとすると、寺尾秀夫に対し、直接不法な有形力を行使した形跡のない被告人宇野、同杉田について、公務執行妨害罪の成立しないことは、いうまでもないところである。それ故、これと同趣旨に出た原判決に、所論のごとき証拠の価値判断を誤り、事実を誤認したと認むべき点は毫も存しない。検察官の本論旨は理由がない。
上来説明の如くであるので、東城弁護人らの爾余の控訴趣意および検察官の控訴趣意第三の量刑不当の論旨に対する各判断を俟つまでもなく、検察官の本件各控訴は理由がなく、被告人らの本件各控訴は理由があることに帰着するので、各刑事訴訟法第三九七条第一項、第三八〇条、第三八二条により、原判決中、被告人四名に対する各有罪部分を破棄したうえ、同法第四〇〇条但書に従い、当裁判所において、右各有罪部分に関する同各事件につき、更に判決することとする。
本件公訴事実中、第一の「被告人四名は、木下敞ら四名と共謀のうえ、昭和三三年三月二〇日午前五時四〇分ごろ名古屋市中村区笹島町一丁目二二五番地名古屋中央郵便局地下第一食堂において、同郵便局集配課郵政事務官松崎善治ら九名に対し、『東京中央郵便局では午前二時職場大会に参加したから皆さんもすぐ職場大会に参加して下さい』『統一行動をとつて参加して下さい』『組合が全責任を持つから出て行つて下さい』などと申し向けて、同人らをして郵便物の取扱いをしないで前記職場大会に参加することを決意せしめて教唆し、因つて、同人らをして、右教唆に基づき、同五〇分ごろ職場を放棄せしめて、午前八時ごろから同九時ごろまで、ことさらに同人らの担当せる別紙(本判決書末尾編綴)記載の第一号郵便物多数の配達をなさしめなかつた」旨の郵便法違反教唆の点、および第三の「正当の理由なく、一、被告人四名は、前記第一掲記の日時に、名古屋中央郵便局長田中勇の管理する同局地下第一食堂に侵入し、二、被告人宇野、同杉田および同井田は、同日午前七時三〇分ごろ約四〇名のピケ員を指揮し、同局正面玄関から作業棟三階普通郵便課および同二階小包郵便課作業室に侵入したものである」旨の建造物侵入の点ならびに原判示第一の郵便法違反幇助および同第二の一、二の建造物侵入の各事実については、いずれも白井弁護人の控訴趣意第二点および東城弁護人らの控訴趣意書(その一)記載の控訴趣意第一点の第二、同第二点、同第三点の各論旨、同弁護人らの控訴趣意書(その二)記載の控訴趣意第三、同第四の各論旨および同弁護人らの控訴趣意補充書記載の控訴趣意について判断したところと同一の理由によつて、いずれも罪とならないものと認め、各刑事訴訟法第四〇四条、第三三六条に則り、被告人四名に対し、いずれも無罪の言渡をし、検察官の本件各控訴については、各同法第三九六条に則り、これを棄却することとする。
以上の理由により、主文のとおり判決する。
別紙
<省略>